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日々の施術で、ほどけていく

  • 執筆者の写真: Shigeru Nishikawa
    Shigeru Nishikawa
  • 5月30日
  • 読了時間: 1分

90を優に超えられた方が、ときどき来てくださいます。

が、からだのことを尋ねてもあまりこたえてくれず、意識はなかなか、からだの内側へ向きません。

その脊椎は、たしかに硬い。

長い人生で抱えてきた、その人の葛藤の名残を、

からだはいまも正直に握りしめています。


けれど、静けさの中で待っていると、不思議なことが起きます。

その硬さの奥が、ふっと緩み、かすかに動きはじめるのです。

握りしめている自我と、それをそっとほどいていく、もっと大きな静けさ。その両方が、ひとつのからだに、同時に在る。


楽しく生きるためには、まずからだに帰ってきてほしい。私はそう願います。

でも同時に、その願いを手放していく自分もいます。

そして、ふと気づきます。 「こうなってほしい」と願っているあいだは、私とあの方は、二人。

けれど、その願いを手放したとき—— 私の「あきらめ」と、あの方の「手放し」が、ひとつの流れに溶けていく。

帰ってきてほしい——その願いを、そっと置く。 ただ、その静かにほどけていく循環に、いっしょに乗る。 自分と相手が、もう二つでなくなったとき—— それが、もっとも根源の治療なのだと、思います。


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